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大阪地方裁判所 平成9年(ヨ)2212号 決定 1997年10月14日

債権者

甲野春子

右代理人弁護士

正木みどり

斉藤真行

杉島幸生

債務者

N株式会社

右代表者代表取締役

A

右代理人弁護士

森田武男

主文

一  債権者が、債務者白河工場に勤務する雇用契約上の義務のない地位にあることを仮に定める。

二  申立費用は債務者の負担とする。

理由の要旨

第一 債権者の申立て

主文同旨

第二 主張

主張書面引用

第三 判断

一 疎明資料及び審尋の全趣旨により認められる事実

1 債権者は、平成二年二月、債務者(当時の商号は「N'株式会社」、その後、「N''株式会社」に商号変更し、さらに現商号に変更。)に雇用され、当時、大阪市北区中之島にあった債務者本店に勤務した。

2 債務者は、平成八年一月三一日、本店を東京に移転し、旧本店の大阪関連の業務は、大阪市中央区道修町所在の債務者大阪支店に移すこととなったが、債権者は、同年五月、債務者枚方工場の配置転換を命じられ、これに従った。

3 債務者は、平成一〇年一月、関連会社二社と合併することを予定しており、これに先立ち、三社は、支店、工場、物流センターの統廃合を進めており、債権者が勤務する債務者枚方工場も、平成九年一一月に閉鎖する予定である。

4 債務者は、債務者枚方工場の従業員については、退職する場合には通常の場合より優遇する「特別退職優遇措置」を提示し、これに応じない者については、存続する他の工場または物流センターへの配置転換をすることとしている。

5 債権者が退職を申し出なかったことから、債務者は、平成九年六月二五日、債権者に対し、福島県に所在する債務者白河工場への同年九月一日付けの配置転換を内示し、同日これを発令したが、右発令に先立ち、同年八月三〇日、債権者が所属する全国一般労働組合と債務者との団体交渉により、債権者に対する異動命令の実施は一か月間行わず、この間は休職扱いとし、賃金は全額保証し、右の取り扱いは一か月ごととする旨の合意がなされている。

6 債権者は、京都市内の実母所有の自宅で実母とともに暮らしているが、債権者の実母は大正八年一二月七日生まれであり、骨粗鬆症、両変形性膝関節症に罹患している上、平成八年には大腸ガンの手術を受けており、一人暮らしや病院、施設等を利用することは困難であり、また、債権者の兄弟が面倒を見ることはできず、さらに、債権者とともに未知の土地で暮らすことも困難である。

7 債務者は、債権者の家庭の事情をある程度把握していた。

二 ところで、配置転換命令については、就業規則に使用者の業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、労働契約成立の際に勤務地を限定する旨の合意がない場合には、使用者は、個別的同意なしに従業員の勤務場所を決定し、これに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するが、当該転勤命令につき業務上の必要性が存在しない場合または業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機、目的をもってなされたものであるときもしくは従業員に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなどの特段の事情が存する場合には、当該転勤命令は権利の濫用にあたるものというべきである。

本件においては、債務者の就業規則に使用者の業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあることについては疎明があり、労働契約締結の際、債権者の勤務地を自宅から通勤可能な範囲とする旨合意したことについては疎明が不十分である。そして、前記の事実によれば、債務者の枚方工場が閉鎖されるのであるから、債権者の配置転換については業務上の必要性があるものというべきであり、本件転勤命令が特定の労働組合に所属する者を排除するなど他の不当な動機、目的をもってなされたものであることについては疎明が不十分である。

しかしながら、本件転勤命令は、前記認定の債権者の家庭の事情に照らすと、債権者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものというべきである。したがって、本件転勤命令は権利の濫用にあたるものというべきである。

三 前記認定の事実によれば、債権者は、平成九年九月中においては、特段の不利益は受けないものというべきであるが、それ以後における身分は不安定なものであるから、保全の必要性があるものというべきである。

四 よって、主文のとおり決定する。なお、事案の性質上、債権者に担保を立てさせない。

(裁判官佐久間政和)

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